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名古屋地方裁判所 昭和60年(行ウ)23号 判決 1988年12月21日

原告

甲野花子

右訴訟代理人弁護士

渥美裕資

被告

名古屋市

右代表者市長

西尾武喜

右訴訟代理人弁護士

大場民男

鈴木匡

右訴訟復代理人弁護士

深井靖博

中村貴之

主文

一  被告は原告に対し、金三三万円及びこれに対する昭和六〇年一〇月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを八分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金二八一万六七七四円及びこれに対する昭和六〇年一〇月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告の地位

原告は、中学校教諭一級普通免許状(国語)及び高等学校教諭二級普通免許状(国語、書道)を取得しているものであるが、昭和六〇年四月二日、定期人事異動における転出により本来の定数に比較して生じた欠員を補充する本務欠員補充のための教員として、被告の機関である名古屋市教育委員会(以下「市教委」という。)により、任期を同日から同年九月三〇日までとする名古屋市公立学校教員として臨時的任用をされ(以下「本件臨時的任用」といい、このようにして任用された教員を「本務欠員補充教員」という。)、同時に被告の設置する名古屋市立菊井中学校(以下「菊井中」という。)講師に補職され、同年四月二日より同校の教員として勤務した。

2  任用更新拒否

市教委は、同年九月二日、菊井中校長村瀬正を通して、原告に対し、同月三〇日で原告の任期が満了するところ任用更新しない旨告知し、同年一〇月一日以降の継続任用の意思表示しなかった(以下「本件任用更新拒否」という。)。

3  本件任用更新拒否の違法性

(一) 原告の任用歴

原告は、本件臨時的任用以前にも次のとおり市教委から名古屋市公立学校教員として繰り返し臨時的任用をされ、勤務を継続してきた。

昭和五三年四月七日  名古屋市公立学校教員に任命(同年八月三〇日まで)、名古屋市立守山中学校講師に補職

同年九月一日  同右(同年一二月三〇日まで)

昭和五四年一月一日  同右(同年三月三〇日まで)

同年四月五日  名古屋市公立学校教員に任命(同年八月三〇日まで)、名古屋市立守山東中学校講師に補職

同年九月一日  同右(同年一二月三〇日まで)

昭和五五年一月一日  同右(同年三月三〇日まで)

同年六月一日  名古屋市公立学校教員に任命(同年九月二〇日まで)、名古屋市立八幡中学校講師に補職

同年九月二二日  同右(昭和五六年三月三一日まで)

昭和五五年一二月三一日  依願免職

昭和五六年六月七日  名古屋市公立学校教員に任命(同年九月二六日まで)、名古屋市立猪子石中学校講師に補職

同年一一月二日  名古屋市立宝神中学校講師(非常勤)を嘱託(同年一二月二二日まで)

同年一二月二三日  名古屋市公立学校教員に任命(昭和五七年一月二〇日まで)、名古屋市立宝神中学校講師に補職

昭和五七年一月二〇日  更新(同年七月六日まで)

同年七月八日  名古屋市公立学校教員に任命(同年八月三一日まで)、名古屋市立宝神中学校講師に補職

同年八月三一日  更新(同年一二月三一日まで)

昭和五八年一月二日  名古屋市公立学校教員に任命(同年三月三一日まで)、名古屋市立宝神中学校講師に補職

同年四月二日  名古屋市公立学校教員に任命(同年九月三〇日まで)、名古屋市立笈瀬中学校講師に補職

同年九月三〇日  更新(昭和五九年三月三一日まで)

昭和五九年四月二日  名古屋市公立中学校教員に任命(同年九月三〇日まで)、名古屋市立八王子中学校講師に補職

同年九月三〇日  更新(昭和六〇年三月三一日まで)

昭和六〇年四月二日  名古屋市公立学校教員に任命(同年九月三〇日まで)

なお、原告の前記任用のうち、八幡中学校が産休・育休代替、猪子石中学校が産休代替、宝神中学校が病気休職代替であった他は、いわゆる本務欠員補充教員としての臨時的任用であった。

(二) 本件臨時的任用の実態

(1) 地方公務員法(以下「地公法」という。)二二条二項前段所定の「臨時の職に関する場合」とは、地方公共団体の業務が一時的に多忙となる時期に雇用されるアルバイトや災害その他緊急時に雇用される労務者などの場合のように当該職自体の存続期間が暫定的である場合をいう。ところが、市教委は毎年三〇〇名の新規採用者のうち約二〇〇名を臨時的任用によって採用しているのであり、退職者数の見込みの誤差や教員採用選考合格者の辞退などによる不足教員数の見込みの誤差はその性質上僅少にとどまるはずであるから、本件臨時的任用を含む名古屋市における教員の臨時的任用は、主に将来の児童、生徒数の減少を見越した長期的な人員計画実行の一環として行われているものである。このような任用は、前記「臨時の職に関する場合」に該当しないことは明らかであり、その実態は地公法一七条一項による任用と何ら変わらないものというべきである。

(2) なお、市教委は、昭和六一年三月二五日付けで本務欠員補充のための教員の任用形式について臨時的任用をやめ地公法一七条一項による期限付任用としている。

(三) 職務の性質上の予定期間

(1) 本務欠員補充教員は、その職務内容に関しては教科指導、クラブ、特別教育活動、校務分掌等本務教員のそれと同一であり、その存在は一年間の学校経営に完全に組み込まれ、本務教員と同じに勤務するものであり、学校運営が年度単位で行われる以上本務欠員補充教員も一年間の単位で当該校で勤務することが当然の前提になっている。

すなわち、前記(二)(1)のとおり名古屋市においては長期的人員計画の一環として当初から制度的に本務欠員補充教員を相当数採用することが予定され、これが常態化していたため、本来本務教員が行うべき職務のかなりの部分を本務欠員補充教員が行うことになっていたのであり、ただそれが臨時的任用という形式の枠内で処理されていたために六か月任期の更新という形式的取扱いがされたにすぎない。したがって、職務内容それ自体は一年間を当然予定しているものである。

(2) 原告の菊井中における具体的職務内容については、担当教科は国語で二年生の四クラス計二〇時間を受け持ち、クラブ活動(時間内)は原告が菊井中において新たに始めた篆刻クラブを担当し、学年関係では二年生A、Bクラスの副担任、校務分掌ではベルマークと拾得物の係というものであり、いずれも一年間を通しての勤務が前提となっており、原告の任用更新を拒否してもその職務は残ったため、昭和六〇年一〇月一日以降は他の本務欠員補充教員を採用して穴埋めせざるを得なくなった。

(四) 被告、市教委側の対応

(1) 原告は、本件臨時的任用の手続等のため菊井中に赴いた際、同校の梅村教頭から任期を昭和六〇年九月三〇日までとする承諾書は作成するが一年になると思う旨の説明を受けた。

(2) 公立学校共済組合の加入資格は、「一の辞令による任用期間に係る組合員期間が一二月を有する者」とされているが、原告を含め本務欠員補充教員は当初から組合員資格を認められている。

(五) 従前の取扱例

被告において本務欠員補充教員の任用期間の不更新の例は極めて少数であり、かつ、それらはいずれも教員の自己都合によるものであって、任用者の判断により不更新となった例は皆無である。すなわち、本務欠員補充教員は当然に期間の更新を受け一年間継続して勤務することが通例であり、原告においても前記(一)のとおり少なくとも一年間は継続して勤務してきた。

(六) 期待権の侵害

原告は、本務欠員補充教員として採用され菊井中講師にに補職された以上、一年間は継続して菊井中において教員として勤務することができると期待し、これを前提として自己の淘冶に努め、年間計画のもとに教育活動をし、その間の給与収入に依拠して生活設計をしてきたものであるが、こうした継続任用(期間更新)に対する原告の期待は、前記(一)ないし(五)の事実のもとでは法的保護の対象たる権利ないし利益というべきあり、市教委は、通例であれば原告に対し任用期間の更新をすべきところことさらにこれをしなかったものであるから、本件任用更新拒否は全体としてこれを違法と評価せざるを得ず、被告は、原告の右期待権又は期待的利益を侵害したことによる損害を賠償する義務がある。

4  損害

(一) 逸失利益

金一四一万六七七四円

継続任用についての期待権は、職務に就くことによって自己の生活の糧を得ることに対する期待を重要な内容とするものであるから、期待権侵害による損害として逸失利益が認められるべきである。

原告は、昭和六〇年四月二日、三等級一八号給を給するとの辞令を受け、月額二三万六一二九円(諸手当を含む。)の支給を受けていたものであり、本件任用更新拒否がなければ同年一〇月一日から昭和六一年三月三一日まで毎月同額の支給を受けていたはずであるから、合計一四一万六七七四円の得べかりし利益を喪失した。

(二) 慰謝料 金一二〇万円

原告は、菊井中において意欲的に教育活動に携わり、新たにクラブ活動を始めるなどして教科指導、生徒指導とも大きな成果を上げてきたところ、本件任用更新拒否により中途で右教育活動が不可能となり、中学校教員として生徒と接し教育する権利を侵害された。さらに、継続任用が通例であるのに原告のみ合理的理由なくこれを拒否されたことにより、当時及び将来において原告の教員としての名誉及び評価が侵害され、また、市教委の本務欠員補充教員の採用基準が不明確であるため、その立場は極めて不安定であり、今後二度と本務欠員補充教員として採用されないのではないかという危惧感を持つことを余儀なくされている。

以上による精神的苦痛を慰謝するためには少なくとも一二〇万円を要する。

(三) 弁護士費用 金二〇万円

原告が本訴請求に要する弁護士費用のうち二〇万円については被告が負担すべき損害である。

5  結論

よって、原告は被告に対し、前記損害金合計二八一万六七七四円及びこれに対する不法行為の日である昭和六〇年一〇月一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1、2を認める。

2  同3のうち、(一)を認め、(二)の(1)を争い、同(2)を認め、(三)の(1)を争い、同(2)のうち原告主張の具体的職務を認め、その余を争い、(四)の(1)を争い、同(2)を認め、(五)、(六)を争う。

3  同4のうち、原告が昭和六〇年四月二日三等級一八号給を給するとの辞令を受け、月額二三万六一二九円(諸手当を含む。)の支給を受けていたことを認め、その余を否認する。

4  同5を争う。

三  被告の主張

1  本件臨時的任用の法制

公立学校教員の任命権者である市教委は、本務欠員補充教員について、地公法二二条二項前段、職員の任用に関する規則(昭和三三年二月一一日人事委員会規則第一号、以下「任用規則」という。)三九条二号に該当するものとして、人事委員会の承認を得て(同規則三九条本文、職員の任用に関する規則の実施細目について(昭和三三年発人委第二号)第一二、四項によって承認があったものとみなされる。)、六月を超えない期間で臨時的任用をしたものである。この場合、市教委は、同規則四〇条により人事委員会の承認を得て六月を超えない期間で更新することができるが、再度更新することはできない。原告に対する本件臨時的任用は右の法制のもとにされたものであるが、市教委は、原告について昭和六〇年度は人事委員会の更新の承認を得ていないものである。

2  本務欠員補充教員の存在理由

(一) 人事構成の適正化

市教委が教員採用を行う理由は基本的には翌年度に見込まれる不足教員数を充足するためであるが、採用に当たっては翌年度以降の過不足をも考慮する必要がある。そのため将来の児童、生徒数を推計したうえ計画的な採用計画を立て、翌年度において不足すると見込まれる教員数をすべて採用選考試験で合格した者をもって充てるとは限らない。被告においては、数年来小学校では児童数が急減し、中学校でも昭和六一年度より減少に転じており、人事を司る市教委としては、少なくとも教員数の過員となることを避けつつ人事構成の適正化を考慮し、極力毎年一定数の採用ができるよう配慮している。そうすると、当然に単年度においては教員の不足が生じることにもなり、これに対処する方法として本務欠員補充教員の任用を行っている。

(二) 不足教員数見込みの誤差

不足教員数の見込みについては、翌年度当初における推計された各学校の児童、生徒数につき公立義務教育諸学校の学級編成及び教員定数の標準に関する法律に基づき定められた学級編成基準に従って学級編成を行い、その学級数に応じて教員数を算出したうえ在籍教員数との差を不足教員数と見込むものであるが、各学校での児童、生徒数の推計に際し、学級編成基準すれすれの児童、生徒数が推計される場合、その推計の仕方によって教員数が増減することとなる。このような場合、多めの数を推計数として実数がこれを下回ると配置された教員が過員となり、教員の措置、給与等の予算面で大きな問題が生じるため、少なめに推計数を取ることが要請され、実数がこれを上回った場合には本務欠員補充教員により対応することが必要となるのである。

(三) 退職者数の見込みの誤差

退職者数については、定年による退職者数の把握は容易であるが、任意の退職者数の把握は困難であり、見込みより増加することはあっても減少することはない。

(四) 教員採用選考合格者のうち採用辞退者数の見込みの誤差

市教委は、例年教員採用選考合格者の決定に当たり、採用直前に辞退する者の数を見込んで決定しているが、これも合格通知を出した後採用できなかった場合を考慮すると控え目な数にならざるを得ない。

(五) 中学校教員の確保

中学校教育は各教科を専門とする教員によって指導されており、教員採用に当たっては不足する教科教員数を踏まえて行っているが、社会状況等により教員採用選考試験の受験者数に教科による偏りが生じ、その確保が困難になる場合がある。

3  継続任用の期待権が存しない理由

臨時的任用職員には次の理由により継続任用の期待権は存しない。

(一) 臨時的任用職員の任用は前記1のとおり期限付きの処分であって、当該職員は任期満了により当然失職するのであり、失職した後に再びその者を任用するか否かは新規に臨時的任用をする場合と同様で、任命権者の自由裁量に委ねられているから、期待権発生の余地はない。

(二) 臨時的任用職員は、正式任用職員が厳格な教員としての適格性を問う採用選考試験を経て任用されているのに対し、このような採用選考試験を受けることなく任用されているものであり、その理由は、臨時的任用職員は長期的に職務を行うのではなく、短期間の臨時の職に携わることにあるのであり、このような職員に継続任用の期待権は存し得ない。

(三) 他方、臨時的任用職員であってもその職務は正式任用職員と異なるところはなく、児童、生徒の教育に当たるものであり、被告及び市教委は住民に対し責任を負って教育行政を推進していくためには、例え短期間であっても学校教育の一端を担わせる以上、教員としての適格性の有無を考慮する必要がある。採用選考を経た正式任用教員ですら任用後六か月は条件付採用とされている(地公法二二条一項)ことに照らしても、臨時的任用職員について任用期間六月が満了して更新できる場合であっても、その時点で勤務状況をチェックして教員としての適格性の有無を考慮して更新すべきかどうかを決定する権限を任命権者は有しているというべきである。

(四) 名古屋市人事委員会が、原告を含む臨時の職について承認する期間は一年間であるが、市教委が本務欠員補充教員を任用する期間は六か月であり、これについては原告を含む本務欠員補充教員は承諾書を提出している。市教委は、右のように名古屋市人事委員会から期間を一年間とする承認を得ることがあったとしても、本務欠員補充教員を任用するについて当初から期間を一年間と決定しているわけではなく、前記(三)のとおり教員としての適格性につき当該校長より報告を受けるなどして任用更新の是非を判断したうえでその決定をするものであり、継続任用しなければならない理由はない。

(五) 本務欠員補充教員が任用更新され、四月から翌年の三月まで勤務する例が殆どであったとしても、それは、前記(三)の判断決定の結果として任用更新されたにすぎないのであり、これをもって任用更新が通例であるとか継続任用の期待権を有するとかいうことはできない。

4  なお、本件紛争の実体について付言するに、本件任用更新拒否の理由は、原告の学校教育における協調性の欠如にある。すなわち、学校教育にあっては、その性質上及び生徒に対する教育効果の面から、教員は協働して生徒を教育指導する必要があるところ、原告は、授業態度に関する臨時学年会開催の拒否、現場教育に関する検討会の中途退場、学年の仕事に非協力、学習進度予定表の不提出等、教育者として当然要請されるべき協働行為を拒否していた。

第三  証拠<省略>

理由

一請求原因1(原告の地位)及び同2(任用更新拒否)の事実は当事者間に争いがない。

二請求原因3(本件任用更新拒否の違法性)の点について検討する。

1  同3のうち、(一)、(二)の(2)、(三)の(2)の原告主張の具体的職務及び(四)の(2)は当事者間に争いがない。

2  <証拠>を総合すると次の事実が認められる。

(一)  被告における昭和六〇年度までの本務欠員補充教員の採用手続は次のとおりである。

定期人事異動による転出等により公立義務教育諸学校の学級編成及び教員の定数の標準に関する法律に基づき定められた教員数の不足する学校が生じた場合、地公法二二条二項所定の「臨時の職に関する場合」及び任用規則三九条二号所定の「当該職が臨時的任用を行う日から一年以内に廃止されることが予想される臨時のものである場合」に該当するとして、市教委は人事委員会の承認を得て(なお、教育職員については右規則三九条本文、同規則実施細目(昭和三三年四月一日発人委第二号)第一二、四項により六月以内の範囲で承認があったものとみなされる。)、右不足を補充する教員を臨時的任用の形式で任用していた。任命権者である市教委は、市教委に登録された教諭普通免許状を有する臨時的任用候補者の中から担当教科、通勤時間等を勘案して適当な人物を当該欠員を生じた学校に紹介し、同校の校長がこれを面接してその適性等を判断したうえ任用すべきとの内申を市教委に提出した場合、右候補者を六月弱の期間(例年四月初めから同年九月三〇日まで)で臨時的任用し、その際、任用された者に対し、右任用期間について承諾する旨及び右任用期間内であっても学校運営上の必要のために解任されることに異存ない旨記載した承諾書に署名、押印させていた。

(二)  他方、本務欠員補充教員の任用期間は前記のとおり例年九月三〇日までの六月弱であるが、被告の人事委員会は、前項の臨時的任用に当たり更新を含めて一年間の期間で承認を与えており(この事実は被告が自認するところである。)、通常の場合、市教委は任用期間を六月更新して翌年三月三一日までとしている。因みに、被告における昭和五五年度の本務欠員補充教員一二四名のうち更新された者は一二一名、同じく昭和五六年度は一六九名のうち一六七名、昭和五七年度は二五七名のうち二五五名、昭和五八年度は二一二名のうち二〇六名、昭和五九年度は二九四名のうち二九一名、昭和六〇年度は二二三名のうち二二二名(不更新者一名は原告である。)である。任用更新されなかった者の殆どは自己の都合により更新を希望しなかったものであり、その意思に反して任命権者の一方的判断により更新されなかったのは原告だけである。また、公立学校共済組合加入資格について、期限付常勤職員の場合は、一の辞令による任用期間に係る組合員期間が一二月を有する者に限るとの取扱いとなっていたのに、原告を含む本務欠員補充教員は公立学校共済組合加入資格が認められていた。さらに、被告においては、市教委自ら本務欠員補充教員について「期限付講師」という名称を用いていたのを初め、本務欠員補充教員について「期限付講師」という呼称が一般に使用されていた。

なお、市教委は、昭和六一年三月二五日付けで本務欠員補充教員の任用形式について臨時的任用をやめ地公法一七条による期限付任用としている(この事実は当事者間に争いがない。)が、右任用形式の変更は本務欠員補充教員全員につき一律に実施されたものであり、実質的には本務欠員補充教員としての身分、任用手続等に変わりはなく(ただし俸給が若干上昇した。)、ただ任用期間について地公法二二条二項による制限がなくなったことから一年間とされた点が変化したにすぎない。

(三)  原告は、前記争いのない事実のとおり、昭和五三年四月七日名古屋市公立学校教員として臨時的任用をされて以来、昭和五五年度ないし昭和五七年度を除き(この期間は産休、育休、病気休職の代替のための臨時的任用であった。)、本務欠員補充教員として毎年四月初めから翌年三月三一日まで実質的に約一年間を単位として臨時的任用をされてきたものであり(ただし、任用形式としては新たな臨時的任用の場合と臨時的任用の更新の場合とがあった。)、殊に、昭和五八年度以降は四月二日に同日から九月三〇日までの期間による臨時的任用、一〇月一日から翌年三月三一日までの期間で更新という任用形式を繰り返してきた。原告は、右臨時的任用の都度期間を明示された任用辞令を交付され、かつ、前記(一)の承諾書に署名、押印してきたが、同時に、任用の際の面接等の場において、当該校の校長ないし教頭から一年間の勤務をしてもらうつもりである旨の説明を受けており、本件臨時的任用の際も、菊井中の梅村教頭から、右承諾書の期限の欄には一応半年ということで九月三〇日までと書いてもらうが、一年間になると思う旨の説明を受けた。

(四)  本務欠員補充教員は、勤務校において教科指導、クラブ、特別教育活動、校務分掌等本務の教員と全く同様の職務を担当するものであり、原告も、菊井中において、前記争いのない事実のとおり、担当教科は国語で二年生の四クラス計二〇時間を受け持ち、クラブ活動(時間内)は原告が菊井中において新たに始めた篆刻クラブを担当し、学年関係では二年生A、Bクラスの副担任、校務分掌ではベルマークと拾得物の係を担当するなど本務の教員と同様の職務に携わった。これらの職務は、学校教育が年度単位に運営され、一年間の学校経営計画のもとに計画的、継続的に遂行されるものであることから、菊井中の一年間の計画の中に当初から組み込まれていたものであって、菊井中における教育計画上は、原告が同校で少なくとも一年間は勤務することが予定されていた。

(五)  原告は、本件臨時的任用の際及び菊井中における勤務中、右認定の従前の任用実態、被告ないし市教委の取扱い及び菊井中での職務内容等から、少なくとも昭和六一年三月三一日までは同校において勤務できるものと期待して、年間計画のもとに教育計画を立て、人格の淘冶に努め、その間の給与収入に依拠して生活設計を立てていたところ、本件任用更新拒否によって収入源を失い、新たに就職先を捜すことを余儀なくされることになった。

(六)  本務欠員が生じる理由としては、年度当初における児童、生徒数の見込みの誤差、定年以外の事由による退職者数を把握することの困難性等もあるが、被告においては、公立学校の児童、生徒数が小学校においては昭和五五年、中学校においては昭和六二年を境にして減少傾向にあることから、本務欠員見込数を全部新規採用(教員採用選考による任期が無期限の正式採用)によって補充すると将来的に過員という状況が発生することが明らかであったため、こうした事態を避けて人事構成の適正化を図ることを目的として新規採用者数を当面の必要数より少なめに抑える政策を採っていることが、主要な理由である。

3  ところで、地公法二二条二項所定の臨時的任用は六月以内の期間を定めてする期限付きの任用であるから、当該職員はその任期の満了によって当然に職員たる地位を失うのであり、また、更新は一回に限って認められているが、更新もまた臨時的任用にはほかならないから、当該職員の側からこれを請求することはできない。したがって、本件において、原告が前記認定の諸事情から臨時的任用が更に六か月間更新されることについて強い期待を有していたとしても、行政的にはその期待は事実上のものに留まらざるを得ない。

しかし、このことから直ちに右の期待が法的に何らの保護も受け得ないと解するのは相当でなく、損害賠償による救済という観点からは右期待の侵害が違法と評価される余地はなお存在すると解すべきである。

以下、右観点からの違法性について検討する。

先に認定したとおり、本務欠員補充教員の職務内容は本務の教員と何ら変わるところがなく、本来は本務の教員がそれを遂行すべきところ、主として将来における過員の防止等人事構成の適正化という政策目的のために本務欠員補充教員をしてこれに当たらせるものであるから、職務の性質からは本務欠員補充教員の職を「臨時の職」(地公法二二条二項)あるいは「臨時的任用を行う日から一年以内に廃止されることが予想される臨時のもの」(任用規則三九条二号)とみるのは相当でなく、また、前記判示の本務欠員補充教員の学校教育における役割に鑑みると、その任用期間を六月以内に制限することにも特段の合理性を見出すことができない。このような点に鑑みると、被告において本務欠員補充教員の採用を地公法二二条二項による臨時的任用の形式において行ったこと自体に無理があったと評さざるを得ず、そのことのために本来例外であるべき臨時的任用の更新を原則的なものとせざるを得なかったということができる。

右に判示した臨時的任用の問題点に加えて前記争いのない事実及び認定事実に現れた被告ないし市教委における本務欠員補充教員任用の実態、臨時的任用制度の運用態様、本務欠員補充教員の処遇方法、本務欠員補充教員の職務内容及び学校教育における位置付け、原告に対する従前の本務欠員補充教員としての臨時的任用の実態並びに本件臨時的任用の経緯等を総合考慮すると、原告が、本務欠員補充教員の職務内容、本件臨時的任用に際しての菊井中の教頭の対応及び従前の本務欠員補充教員としての取扱いなどから、本件臨時的任用の期間として昭和六〇年九月三〇日までと辞令上明示されていたにもかかわらず、任用の更新を受けたうえ菊井中において少なくとも昭和六三年三月三一日までは本務欠員補充教員として勤務できるものと期待したことには無理からぬものがあるということができ、原告が右のような期待を抱くに至った主な原因は、被告ないし市教委が本務欠員補充教員の任用について前記問題点を包含する臨時的任用という形式を採用したうえ、右形式と実態との齟齬をとりつくろうためにその運用に際しては年度単位で計画、運営される学校教育制度に合せて一年間の任用期間を前提とするかのような取扱いを重ねてきたことにあるということもできる。そうだとすると、被告は、原告の継続任用に対する前記期待を自ら作出したといえるのであり、任用の更新を妨げるべき特段の事情が存するなど相当な理由がないのに任用の更新をしないことは、正当に形成された原告の期待を侵害するものとして違法な行為といわざるを得ない。

ところが、被告は、本件任用更新拒否の際にその理由を明らかにしないばかりか、本件訴訟においても、事情として、本件更新拒否の実質的な理由について原告の学校教育における協調性の欠如であると抽象的に主張し、その内容として、授業態度に関する臨時学年会開催の拒否、現場教育に関する検討会の中途退場、学年の仕事に非協力、学習進度予定表の不提出等と項目を挙げるもののそれ以上に具体的な主張をしないし、また、本件任用更新拒否を相当とするような事情の存在を窺わせる証拠もない。却って、<証拠>によれば、原告は菊井中において熱心に教育活動に従事し、生徒からも信頼されていたことが窺えるものである。

なお、原告は本件臨時的任用に際し前記認定のように任用期間を昭和六〇年九月三〇日までとすることに承諾する旨の承諾書を作成して市教委に提出しているが、右承諾書は、前記2の(二)、(三)の認定にかかる本務欠員補充教員任用の実態及び原告に対する被告側の対応に照らすと、臨時的任用という任用形式に照応して形式を整えるために作成された書面との色彩が強く、また、被任用者にとっては、任用されないよりはいかに短期間であろうとも任用される方が利益であることは明らかであり、任用に際しかかる書面の提出を求められればこれを拒絶することは事実上不可能であろうと思われるから、右承諾書の存在をもって原告の継続任用への期待形成を妨げ、かつ、任用更新しないことを正当化すべき理由とすることはできない。

以上によると、被告の機関である市教委による原告に対する本件更新拒否は、原告の任用更新に対する期待を違法に侵害するものと評価することができるから、被告は国家賠償法一条一項に基づきこれによって原告が被った損害を賠償すべき義務がある。

三進んで、請求原因4(損害)について検討する。

1  逸失利益について

原告は、本件任用更新拒否がなければ昭和六〇年一〇月一日から昭和六一年三月三一日まで毎月従前支給を受けていた金額と同額の俸給を受けていたはずであるから、これを逸失利益として被告は賠償すべき義務がある旨主張する。しかし、本件は、前記判示のとおり原告の任用更新に対する期待を侵害したことを違法行為とするものであって、右期待に得べかりし俸給に対する期待も当然含まれるが、侵害された利益は飽くまでも精神的利益であると解されるから、その損害に対する賠償は慰謝料に限られるべきである。もちろん、任用更新がされた場合に得べかりし俸給の額も期待の内容として慰謝料額の算定において斟酌されるべき事情の一つであるが、逸失利益そのものとして賠償額算定の基礎となるものではない。したがって、右六か月分の俸給相当額をそのまま損害とみることはできない。

2  慰謝料

一般に賃金労働者は毎月の賃金を生活の基盤とし、また、それを前提として生活設計を立てているものであるから、賃金収入が突然に途絶することがあれば、新たな就職先の確保、生活設計の立直し等に相当期間を要することが見込まれるのであり、このことは公務員であっても同様であって、原告も前記認定のとおり少なくとも昭和六一年三月三一日までは菊井中において勤務できるものと期待し、これを前提にして生活設計を立てており、また、原告は本件任用更新拒否によって収入源を失い、新たに就職先を捜すことを余儀なくされたことは明らかである。なお、原告の右当時の俸給月額(諸手当も含む。)が二三万六一二九円であったことは当事者間に争いがない。

この事実に加えて、一、二項判示の諸事実によれば、原告は菊井中の教員として熱心に教育活動に従事してきたのに、市教委は、任用更新に対する原告の期待を侵害して、何ら理由を示さずに任用更新をしなかったものであり、これにより原告は少なからざる精神的苦痛を被ったものと認められ、原告の右精神的苦痛は三〇万円をもって慰謝されるものと認めるのが相当である。

3  弁護士費用

原告が弁護士である原告訴訟代理人に本訴の提起を委任したことは、本件記録上明らかであるところ、本件事案の内容、訴訟の経緯等諸般の事情を総合考慮すると、弁護士費用のうち三万円を本件不法行為と相当因果関係のある損害と認めるのが相当である。

四結論

以上の事実によれば、本訴請求は、前記三の損害金合計三三万円及びこれに対する本件不法行為による損害の生じたことが明らかな本件臨時的任用の期間満了の日の翌日である昭和六〇年一〇月一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法八九条、九二条本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官清水信之 裁判官出口尚明 裁判官根本渉)

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